最近は日本企業でも買収・M&Aに伴う紛争(?)が増えてきましたね。
関西スーパーをめぐるH2Oリテイリング(阪急阪神ホールディングス)とオーケーストアの綱引きが注目を集めています。
今回は,上記関西スーパーとは別の買収を巡る紛争で,とある条項を巡って争われているようですので,それを取り上げたいと思います。
買収者側から仮処分申立てもなされているようですので,ここから数か月で一気に状況が動きそうです。リアルタイムで会社法関係の紛争の動きをみることができる機会でもありますので,法学部生・法科大学院生や資格試験受験生も報道等に注目することをおすすめします。
ニッポン放送事件やブルドックソース事件をリアルタイムで追っかけていたことを思い出します。
東京機械製作所を巡る買収劇
紛争の概要
東京機械製作所の株式取得・支配権取得をめぐってゴタゴタが起きています。
ごく簡単にいえば,本件は,東京機械製作所の株式を香港系金融傘下の投資会社のアジア開発キャピタル(ADC)が買い増しをしており,ADCは買い増し目的を当初「純投資」としていたところ,「支配権取得」に変更したため,東京機械製作所との対立が深まっています。
東京機械製作所は買収防衛策(新株予約権の無償割当て)の発動を決め,その適否を2021年10月下旬の臨時株主総会で決議するとしています。この臨時株主総会では,利害関係のない株主のみによる投票・決議で是非を決めるとしています。
これに対して,ADCは株主平等原則に反するとして,東京地裁に差止めの仮処分を申し立てました。
臨時株主総会までに一定の司法判断が下る予定です。
そもそも東京機械製作所って何の会社?
東京機械製作所は新聞印刷の輪転機メーカーです。
公式ウェブサイトによると,創業は1874年,国内メーカーとして初めて輪転機を開発したとあり,この業界では老舗といえる企業です。
東証一部上場企業です。
アジア開発キャピタルって?
企業名から分かる通り,投資会社です。
筆頭株主は香港の投資グループのようで,香港系の投資会社です。
東証二部上場企業です。
東京機械製作所を巡る買収劇のポイント
今回の買収劇は裁判所まで巻き込んだ事態になっています。つまり法的な判断が必要な事例と言えます。どのような点について,法的な紛争が生じているのでしょうか。
マジョリティ・オブ・マイノリティ条項(MoM条項)
東京機械製作所は2021年8月30日付の東証の適時開示において,上記臨時株主総会を開く旨を公表した上で,その総会決議について,以下のような条件を付すとしています。
III 株主意思確認総会の開催について
「当社株式の大規模買付行為等への対応方針に基づく新株予約権の無償割当て 及び株主意思確認を臨時株主総会において行うことに関するお知らせ」
(2) 株主意思確認総会における決議事項の決議要件
株主意思確認総会については,普通決議といたしますが,アジアインベストメントファンドら及び当社の取締役並びにそれぞれに関係する者として独立委員会が認める者を除く出席株主の議決権の過半数の賛同によりご承認をいただきたく存じます。
(東京機械製作所2021年8月30日付東証適時開示)
つまり,ADCと東京機械製作所の取締役およびそれらの関係者は投票・決議に参加できない,ということです(関係者かどうかは独立委員会の判断による)。利害関係者を除いた株主のみで買収防衛策発動の適否を判断することになります。
これは,マジョリティ・オブ・マイノリティ条項(MoM条項)と言われるものです。直訳すれば,少数者の中の過半数要件条項,といったところでしょうか。
このマジョリティ・オブ・マイノリティ条項が日本で使われたことが事例がないというわけでは決してなくて,これまでも少数株主の権利が害されやすい類型の買収(MBO〔マネジメント・バイアウト〕など)で,その買収の成立要件とされることもあります。
また,TOB(公開買い付け)においても,マジョリティ・オブ・マイノリティ条項が設定されることがあります。
今回の事例では,ADCの買収開始後にマジョリティ・オブ・マイノリティ条項の適用が決められたことがポイントとなりそうです。上記のMBOやTOBの事例では,開始時にマジョリティ・オブ・マイノリティ条項があることをあらかじめ公表してから,買収手続きに入りますので,今回の東京機械製作所とはちょっと事情が異なると言えそうです。
ADCは2021年9月22日に東京地裁に2021年10月下旬の東京機械製作所臨時株主総会での議決権行使を許容するよう仮処分の申立てを行いました(アジア開発キャピタル株式会社IR資料「株式会社東京機械製作所が2021 年10 月下旬に開催予定の臨時株主総会において当社らの議決権行使を許容する仮処分命令を求める申立てに関するお知らせ」(2021年9月22日))。
つまり,マジョリティ・オブ・マイノリティ条項の不適用・撤回を求めたと言えると思います。
マスコミ各社も懸念を表明
東京機械製作所が新聞印刷の輪転機メーカーということもあり,2021年9月10日に全国の新聞社・通信社40社が連名で,「読者へのニュースの伝達に影響」が及ぶ可能性があり,「新聞各社の印刷・生産体制は致命的な打撃を受ける」事態にもなりかねないとして,懸念を表明し,書簡を東京機械製作所に送ったようです。
本件買収劇の行方
まず,ADCが申し立てた仮処分についての司法判断が注目されます。最終的に結論がどちらに転んでも,重要な事例になる可能性があります。
敵対的買収が開始された後に発動が決定された買収防衛策をマジョリティ・オブ・マイノリティ条項を適用して決議することができるのかという点についてのおそらく初めての司法判断になります。
ADCからすれば,マジョリティ・オブ・マイノリティ条項は不意打ちという感じがするのかもしれませんし,東京機械製作所からしても,ADCの買い増しは3分の1を超えるものであり,本来であればTOB規制がかかるところ,市場内取引によって買い増したためその規制の外にある行為(本記事末尾の金融商品取引法参照)となり,手続にのっとった対処が難しく,不意打ちという感じがするでしょう。
お互いに不意打ち感がある事例といえそうですね。
東京機械製作所のリリースによると,ADCの仮処分申立てに対して,本件の取扱い(マジョリティ・オブ・マイノリティ条項)は「複数の著名な会社法学者の意見書も取得しており,適法かつ公正な取扱いであると考えているため、本申立てはまったく理由のないものであると考えております。」としています(東京機械製作所「株主による当社が2021 年10 月下旬に開催予定の臨時株主総会においてアジアインベストメントファンドらの議決権行使を許容する仮処分命令を求める申立てに関するお知らせ」(2021年9月24日))
ADC側からも会社法学者の意見がでるんですかね。
東京地裁の仮処分決定だけでは決着しないような気もしますので,法学部生・法科大学院生や資格試験受験生は,適宜報道を追ってみると面白いと思います。すべての決着がついてからまとめて読んだり,調べたりするのも結構大変なので,リアルタイムで報道等の分かりやすい解説を追っかけていくことをおすすめします。
参考条文(下記はブログ執筆時点〔2021年9月25日〕で施行されている内容です)
金融商品取引法(昭和23年法律第25号)
第2章の2 公開買付けに関する開示
第1節 発行者以外の者による株券等の公開買付け
(発行者以外の者による株券等の公開買付け)
第27条の2 その株券,新株予約権付社債券その他の有価証券で政令で定めるもの(以下この章及び第27条の30の11(第4項を除く。)において「株券等」という。)について有価証券報告書を提出しなければならない発行者又は特定上場有価証券(流通状況がこれに準ずるものとして政令で定めるものを含み,株券等に限る。)の発行者の株券等につき,当該発行者以外の者が行う買付け等(株券等の買付けその他の有償の譲受けをいい,これに類するものとして政令で定めるものを含む。以下この節において同じ。)であつて次のいずれかに該当するものは,公開買付けによらなければならない。ただし,適用除外買付け等(新株予約権(会社法第277条の規定により割り当てられるものであつて,当該新株予約権が行使されることが確保されることにより公開買付けによらないで取得されても投資者の保護のため支障を生ずることがないと認められるものとして内閣府令で定めるものを除く。以下この項において同じ。)を有する者が当該新株予約権を行使することにより行う株券等の買付け等,株券等の買付け等を行う者がその者の特別関係者(第7項第1号に掲げる者のうち内閣府令で定めるものに限る。)から行う株券等の買付け等その他政令で定める株券等の買付け等をいう。第4号において同じ。)は,この限りでない。
一 取引所金融商品市場外における株券等の買付け等(取引所金融商品市場における有価証券の売買等に準ずるものとして政令で定める取引による株券等の買付け等及び著しく少数の者から買付け等を行うものとして政令で定める場合における株券等の買付け等を除く。)の後におけるその者の所有(これに準ずるものとして政令で定める場合を含む。以下この節において同じ。)に係る株券等の株券等所有割合(その者に特別関係者(第7項第1号に掲げる者については、内閣府令で定める者を除く。)がある場合にあつては,その株券等所有割合を加算したもの。以下この項において同じ。)が百分の五を超える場合における当該株券等の買付け等
二 取引所金融商品市場外における株券等の買付け等(取引所金融商品市場における有価証券の売買等に準ずるものとして政令で定める取引による株券等の買付け等を除く。第四号において同じ。)であつて著しく少数の者から株券等の買付け等を行うものとして政令で定める場合における株券等の買付け等の後におけるその者の所有に係る株券等の株券等所有割合が三分の一を超える場合における当該株券等の買付け等
三 取引所金融商品市場における有価証券の売買等であつて競売買の方法以外の方法による有価証券の売買等として内閣総理大臣が定めるもの(以下この項において「特定売買等」という。)による買付け等による株券等の買付け等の後におけるその者の所有に係る株券等の株券等所有割合が三分の一を超える場合における特定売買等による当該株券等の買付け等
四 六月を超えない範囲内において政令で定める期間内に政令で定める割合を超える株券等の取得を株券等の買付け等又は新規発行取得(株券等の発行者が新たに発行する株券等の取得をいう。以下この号において同じ。)により行う場合(株券等の買付け等により行う場合にあつては、政令で定める割合を超える株券等の買付け等を特定売買等による株券等の買付け等又は取引所金融商品市場外における株券等の買付け等(公開買付けによるもの及び適用除外買付け等を除く。)により行うときに限る。)であつて、当該買付け等又は新規発行取得の後におけるその者の所有に係る株券等の株券等所有割合が三分の一を超えるときにおける当該株券等の買付け等(前三号に掲げるものを除く。)
五 当該株券等につき公開買付けが行われている場合において、当該株券等の発行者以外の者(その者の所有に係る株券等の株券等所有割合が三分の一を超える場合に限る。)が六月を超えない範囲内において政令で定める期間内に政令で定める割合を超える株券等の買付け等を行うときにおける当該株券等の買付け等(前各号に掲げるものを除く。)
六 その他前各号に掲げる株券等の買付け等に準ずるものとして政令で定める株券等の買付け等
2 前項本文に規定する公開買付けによる株券等の買付け等は,政令で定める期間の範囲内で買付け等の期間を定めて,行わなければならない。
3 第1項本文に規定する公開買付けによる株券等の買付け等を行う場合には,買付け等の価格(買付け以外の場合にあつては,買付けの価格に準ずるものとして政令で定めるものとする。以下この節において同じ。)については,政令で定めるところにより,均一の条件によらなければならない。
4 第1項本文に規定する公開買付けによる株券等の買付け等を行う場合には,株券等の管理,買付け等の代金の支払その他の政令で定める事務については,金融商品取引業者(第28条第1項に規定する第一種金融商品取引業を行う者に限る。第27条の12第3項において同じ。)又は銀行等(銀行、協同組織金融機関その他政令で定める金融機関をいう。第27条の12第3項において同じ。)に行わせなければならない。
5 第1項本文に規定する公開買付けによる株券等の買付け等を行う場合には、前3項の規定その他この節に定めるところによるほか、政令で定める条件及び方法によらなければならない。
6 この条において「公開買付け」とは、不特定かつ多数の者に対し、公告により株券等の買付け等の申込み又は売付け等(売付けその他の有償の譲渡をいう。以下この章において同じ。)の申込みの勧誘を行い、取引所金融商品市場外で株券等の買付け等を行うことをいう。
7 第1項の「特別関係者」とは、次に掲げる者をいう。
一 株券等の買付け等を行う者と,株式の所有関係,親族関係その他の政令で定める特別の関係にある者
二 株券等の買付け等を行う者との間で,共同して当該株券等を取得し,若しくは譲渡し,若しくは当該株券等の発行者の株主としての議決権その他の権利を行使すること又は当該株券等の買付け等の後に相互に当該株券等を譲渡し,若しくは譲り受けることを合意している者
8 第1項の「株券等所有割合」とは,次に掲げる割合をいう。
一 株券等の買付け等を行う者にあつては,内閣府令で定めるところにより,その者の所有に係る当該株券等(その所有の態様その他の事情を勘案して内閣府令で定めるものを除く。以下この項において同じ。)に係る議決権の数(株券については内閣府令で定めるところにより計算した株式に係る議決権の数を,その他のものについては内閣府令で定める議決権の数をいう。以下この項において同じ。)の合計を,当該発行者の総議決権の数にその者及びその者の特別関係者の所有に係る当該発行者の発行する新株予約権付社債券その他の政令で定める有価証券に係る議決権の数を加算した数で除して得た割合
二 前項の特別関係者(同項第2号に掲げる者で当該株券等の発行者の株券等の買付け等を行うものを除く。)にあつては,内閣府令で定めるところにより,その者の所有に係る当該株券等に係る議決権の数の合計を,当該発行者の総議決権の数にその者及び前号に掲げる株券等の買付け等を行う者の所有に係る当該発行者の発行する新株予約権付社債券その他の政令で定める有価証券に係る議決権の数を加算した数で除して得た割合