いわゆるCoinhive事件,2021年12月9日に最高裁が口頭弁論を開くことが決まりました。
Coinhive事件
Coinhiveは仮想通貨のマイニングツールです。WebサイトにCoinhiveを設置すると,閲覧者のPCのCPUを使ってマイニングを実行する,というものです。WebサイトにCoinhive設置の案内がなければ,閲覧者はマイニングしていることには気が付かず(若干CPUの処理速度低下や消費電力アップが生じるが),マイニング結果の報酬はCoinhiveの作成者とWebサイトの運営者(Coinhiveの設置者)に支払われます。被告人は,WebサイトへのCoinhive設置は明記しておらず(マイニング実行についての閲覧者の同意を得ておらず),WebサイトへのCoinhiveの設置が不正指令電磁的記録に関する罪 (刑法第168条の2)に該当するのではないか,と争われた事件です。
横浜地裁では無罪判決,東京高裁では有罪判決,と結論が分かれました。
今回,最高裁が口頭弁論を開くということで,判決が変更される可能性が出てきました。最高裁第一小法廷が担当のようですが,裁判長は刑法の研究者の山口厚先生です。法学部生や法科大学院生にとってもおなじみですね。
刑法(明治40年法律第45号)
(不正指令電磁的記録作成等)
第168条の2 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
2 正当な理由がないのに、前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。
3 前項の罪の未遂は、罰する。
横浜地裁の無罪判決
閲覧者の同意を得ていない点を捉えて,反意図性を認めつつも,下記の理由で無罪としました。
横浜地裁判決の概要
- 意図に反する動作をさせるべき指令を与えるプログラムであっても,社会的に許容し得るプログラムは不正性を否定すべきである。
- ユーザーにとっての有益性や必要性の程度。
- 当該プログラムのユーザーへの影響や弊害の度合い。
- 事件当時における当該プログラムに対するユーザー等関係者の評価。
- これらを総合的に考慮すべき。
- Coinhiveは,電子計算機の演算機能を提供した閲覧者が報酬を得ることができない点でマイニング本来の対価性を損なっていることは否定できない。
- マイニングについての意思確認の機会がなく,マイニングを回避する現実的可能性もないため,ユーザーの信頼を損なっていることは否定できない。
- サイト運営者が得る報酬は直接間接にその後のウェブサービスの質の維持向上のための資金源になり得るから,現在のみならず将来的にも閲覧需要のある閲覧者にとっては利益となる側面があること。
- PCの処理速度の低下等は,広告表示プログラム等の場合と大きく変わることがなく,その影響は当該Webサイト閲覧中に限定されること。
- 被告人本人のウェブサイトにCoinhiveを設定しており,他人のウェブサイトを改ざんしてマイニングをさせるような場合とは弊害の度合いが異なること。
- 本件当時の同様のプログラムについてのインターネットユーザー間の評価は賛否両論に分かれていたこと。
- 本件当時,捜査当局等の公的機関による事前の注意喚起や警告等もなかった中で,いきなり刑事罰に問うのは行き過ぎであること。
上記は,東京高等裁判所令和2年2月7日判決(令和1(う)883)の「原判決の要旨」によります。
東京高裁の有罪判決
東京高裁は,横浜地裁の判決を破棄し,有罪判決を下しました(東京高等裁判所令和2年2月7日判決(令和1(う)883))。
東京高裁判決の概要
- 反意図性の判断については以下のような理由で,肯定しました。
- ユーザーは,PCの使用にあたり,実行されるプログラムの全ての機能を認識しているわけではないものの,不正なものではないプログラムが,実行されることは許容しているから,ユーザーの認識の有無だけから反意図性を肯定すべきではなく,そのプログラムの機能の内容そのものを踏まえ,ユーザーが,当該プログラムを使用することを許容していないと規範的に評価できる場合に反意図性を肯定すべき
- マイニングはWebサイト閲覧にとって必要な機能ではない。
- ユーザーのPCに負荷がかかるにもかかわらず,ユーザーに利益がない。
- Coinhive設置については明示されていなかった。
- Coinhiveの設置はユーザーに不利益を生じさせるものであり,不利益に関する表示等もされておらず,プログラムに対する信頼保護という観点から社会的に許容すべき点は見当たらない。
- 横浜地裁が述べた理由(上記の●の4つ目~8つ目)は,反意図性や不正性を否定するものではない。
- マイニングの利益はユーザーの利益にもなるというが,ユーザーの意に反するプログラムの実行を,ユーザーが気づかないような方法で受忍させた上で,実現されるべきものでない。
- Webサイトが自己のものか他人のものかという点で比較しているが,より違法な事例と比較することによって,本件プログラムコードを許容することができないことも明らか。
- プログラムに対する賛否が分かれているということ自体で,社会的許容性を基礎づけることはできない。
- 賛否のあるプログラムの実行をユーザーの同意なしに実行している点で,むしろ社会的許容性を否定する方向に働く。
- 不正性のあるプログラムかどうかは,その機能を中心に考えるべきであり,捜査当局の注意喚起の有無によって,不正性が左右されるものではない。
- 広告表示プログラムとの対比などから社会的許容性を検討しているが,他のプログラムと対比して社会的許容性を論じること自体が適当でない。
- 広告表示プログラムは,ユーザーの閲覧に付随して実行され,また,実行結果も表示されるものが一般的であり,その点で,ユーザーに知らせないで提供させる機能のある本件プログラムコードとは,大きな相違がある。
- 閲覧者の同意なくマイニングさせていることに関する指摘を受けた後も被告人は設置し続けていたのであり(起訴内容は指摘後の行為),故意も認定された。
最高裁は口頭弁論の実施を決定
上記の東京高裁判決(有罪)について,最高裁は口頭弁論を2021年12月9日に開きます。
たしかに,東京高裁の示す通り,理由付けとしてやや弱いような印象を持ちます。
他方で, CoinhiveはJavaScriptで作られていますが,JavaScript自体はとても広く多くのWebサイトに使われています。どこまでが違法性を持つプログラムなのか,明確な線引きがなければIT技術にとってマイナスであり,萎縮効果が働きます。
Coinhive自体は,閲覧者のPCのパワーを使いますが,マイニングをするだけで,不正に情報を取得したり,PCを破壊したりするプログラムではないようです(CPUに負荷がかかったことをきっかけにして故障する可能性はありますが,それはCoinhiveに限った話ではないように思います)。
また,サイト運営者にとって,広告に代わる収入源になるのではないかということも言われているようです。たしかに広告に依存しなければ,サイト表示もすっきりするかもしれません(……が,Web広告がすべてなくなることはないでしょうね。企業もWebを使って広報したいでしょうから)。
最高裁の判断を待ちましょう。