断水――条例と損害賠償責任?

教科書・六法
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気になる最高裁判例があったので,備忘メモ。

断水。都市部では予定されている工事などの影響以外――つまり突発的な断水ってだいぶ減ってきたのではないでしょうか。

若い人だと断水を経験したことがない人もいるかも。

今回の裁判例は断水と損害賠償責任のお話。

ちなみに水道事業は基本的には自治体が運営主体です(ガス・電気とは異なる)。
※ただし,それも水道法改正(平成30年法律第92号)で運営を民間事業者に委託することも可能となりました。

裁判例の年月日・事件番号など

最高裁判所第三小法廷・ 令和4年7月19日判決(令和3(オ)555)・破棄差戻

事件の概要

沖縄の宮古島市で,2018年(平成30年)4月27日に断水が発生しました。この断水の原因は市が管理する水道施設である配水池内の装置の破損でした。

この断水により営業に支障(宿泊のキャンセルやレストランの営業停止)がでたホテル運営会社2社が市に損害賠償を求めて提訴しました。

市側は宮古島市水道事業給水条例16条があることを理由に市の損害賠償責任はないと反論していました。

宮古島市水道事業給水条例

争点となっている宮古島市水道事業給水条例16条を見てみましょう。

宮古島市水道事業給水条例(平成17年条例第215号)(平成25年条例第45号による改正後)

 (給水の原則)
第16条
 給水は,非常災害,水道施設の損傷,公益上その他やむを得ない事情及び法令又はこの条例の規定による場合のほか,制限又は停止することはない。
2 前項の給水を制限又は停止しようとするときは,その日時及び区域を定めて,その都度これを予告する。ただし,緊急やむを得ない場合は,この限りではない。
3 第1項の規定による,給水の制限又は停止のため損害を生ずることがあっても,市はその責めを負わない。

また,水道法の関連規定も掲げておきます。

水道法(昭和32年法律第177号)※平成30年法律第92号による改正前

 (給水義務)
第15条
 水道事業者は,事業計画に定める給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは,正当の理由がなければ,これを拒んではならない。
2 水道事業者は,当該水道により給水を受ける者に対し,常時水を供給しなければならない。ただし,第40条第1項の規定による水の供給命令を受けたため,又は災害その他正当な理由があつてやむを得ない場合には,給水区域の全部又は一部につきその間給水を停止することができる。この場合には,やむを得ない事情がある場合を除き,給水を停止しようとする区域及び期間をあらかじめ関係者に周知させる措置をとらなければならない。
3 水道事業者は,当該水道により給水を受ける者が料金を支払わないとき,正当な理由なしに給水装置の検査を拒んだとき,その他正当な理由があるときは,前項本文の規定にかかわらず,その理由が継続する間,供給規程の定めるところにより,その者に対する給水を停止することができる。

平成30年改正でほんの少しだけ文言の改正がありましたが,念のため,改正前の条文を掲げておきます。

原審(福岡高裁那覇支部)の判断

本件最高裁判例の原審は下記の福岡高裁那覇支部判決です。

  • 福岡高等裁判所那覇支部令和3年1月19日判決(令和2(ネ)68)

残念ながら,原審判決の原文が見当たらなかったので,本件最高裁判例で言及されている限りで紹介します。

 原審は,……要旨次のとおり判断し,本件給水契約の債務不履行に基づく損害賠償請求を棄却すべきものとした。
 本件条例16条3項は,水道事業の安定的かつ継続的な運営を維持するため,給水の制限又は停止の原因となった水道施設の損傷が被上告人の故意又は重過失によるものである場合を除き,被上告人の給水義務の不履行に基づく損害賠償責任を免除した規定であり,このように解する限りにおいて,同項の規定は,正当な目的のために必要やむを得ない制約を設けるものとして憲法29条に違反するものではない。そして,本件断水に至る事情を考慮すると,本件破損について被上告人に故意又は重過失があるとはいえないから,被上告人の本件断水による給水義務の不履行に基づく損害賠償責任は,本件条例16条3項により免除される。

最高裁判所第三小法廷・ 令和4年7月19日判決(令和3(オ)555)の原審言及箇所

原審のポイントとしては,以下のようなところでしょか。

  • 条例16条3項は「故意又は重過失」である場合を除き,市の損害賠償責任を免除したものである
  • 本件の事情を考慮すると,市に故意または重過失があるとは言えない
  • したがって,市の損害賠償責任は免除される

最高裁の判断

最高裁は上記の原審判断を是認することはできないとして,原審を破棄し,差し戻す判断を下しています。

……水道事業者は水道法15条2項ただし書により給水義務を負わないのであるから,水道事業者……が給水を停止したとしても,給水義務の不履行となるものではない。
……本件条例16条1項が例外的に給水を停止することがあると定める上記場合は,水道法15条2項ただし書の「災害その他正当な理由があってやむを得ない場合」と同一の内容を意味する……。
……本件条例16条3項は,被上告人が,水道法15条2項ただし書により水道の使用者に対し給水義務を負わない場合において,当該使用者との関係で給水義務の不履行に基づく損害賠償責任を負うものではないことを確認した規定にすぎず,被上告人が給水義務を負う場合において,同義務の不履行に基づく損害賠償責任を免除した規定ではないと解するのが相当である。

ポイント的には以下の通りでしょうか。

  • 本件条例の当該条項は水道法を確認したものであり,水道法と同一に解釈すべきである。
  • 水道法15条2項ただし書にある「災害その他正当な理由があってやむを得ない場合」には供給義務を負わないのであり,債務不履行になるわけではない。
  • 本件条例16条3項も水道法15条2項を確認した規定にすぎず,(上記の水道法と同様に解釈すべきであるから)債務不履行責任を免除した規定ではない。
  • したがって,(解釈に誤りがある)原審判断には法令違反があり,また,本件断水が「災害その他正当な理由があってやむを得ない場合」に該当するか否かについてさらに審理を尽くすべき。
  • その審理を尽くした上で,給水義務の不履行に基づく損害賠償責任の有無を判断すべき。

「災害その他正当な理由があってやむを得ない場合」にはそもそも供給義務がなく,同様に解釈すべき条例の適用について,その点についての審理・判断をせずに,市の「重過失」の有無について審理・判断している原審判断を是認することはできない,ということでしょうか。まず供給義務の有無について審理・判断して,次に供給義務があるとしたら本件断水が債務不履行と言えるかどうかを判断する,ということかな。

このあたりについては,林道晴裁判官の補足意見が詳しいと思いますので,一読してみてください。

報道の見出しだけを見ると,断水があると簡単に損害賠償が認められることになったと勘違いしてしまいそうですが,どうやらそこまでは言ってなさそうなので,注意が必要ですね。